短編小説読んでみた

福岡の便利屋

2016年02月

鍵のかかった部屋の四話目

「座長のヘクター釜千代が非業の死を遂げ、さらには看板役者である飛鳥寺鳳也の逮捕にいたり、

我が劇団『土性骨』は、文字通り存亡の危機を迎えました」

座付きの脚本家である左栗痴子は、重々しい口調で言った。

開演を待つ小劇場の中は、百人近い観客が入ってざわついていたが、

並外れた長身の栗痴子は、座っていても見上げるような高さで、まわりから好奇の目を集めていた。 

鍵のかかった部屋の第三話。

「今日は、グラウンドでの練習は中止だ」

ウォーミングアップが終わったのを見計らって、杉崎俊二は、あえて冷たく宣言した。

「えーっ!」

野球部員の間からは、たちまちブーイングが沸き起こる。

「先日の練習試合で、おまえたちも痛感しただろう?基礎体力の不足だ。

ピッチャーは、五回からバテバテだったし、守備もバッティングも、後半は腰砕けだったよな。

そこでだ。秋季大会に備えるために、持久力と下半身を強化するための基礎練習に専念する。

まずは、ランニングだ。河原のいつものコースを三周して、帰ってこい」 

同名短編集鍵のかかった部屋の第二話

呼び鈴に伸ばしかけた手が、宙で止まった。

会田愛一郎は、逡巡していた。今さら、どんな顔で、あの子たちに会えばいいのだろう。

五年間という長い不在を、どう言い繕えるというのか。

初めてこの家を訪問したときの記憶は、昨日のことのように鮮明だった。

姉のみどりは、行方不明だった不肖の弟を温かく迎えてくれた。

大樹と美樹は、小学生の低学年だったが、突然現れた胡散臭い叔父に初対面から懐いてくれ、

うるさいくらいにまとわりついてきた。

そのときの驚きと感動は、今も胸の奥にある。

高校生の時に家を飛び出して、ずっと孤独な生活を送ってきた自分が、

束の間、家庭というものの温もりを味わわせてもらったのだ。 

鍵のかかった部屋の第一話

日下部雅友は、『新日本葬礼社』のブルーのロゴマークが描かれたガラスドアを、乱暴に押し開けた。

衝立の前には、『ご用の方は押してください』というプレートと、卓上ベルがあったが、

かまわず、どんどん奥へと進んでいく。

「あら、先生?」

段ボールいっぱいの書類を抱えて廊下の向こうから現れた田代芙美子が、

赤い眼鏡フレームの奥で目を丸くして立ち止まる。

背が低く小太りで愛嬌のある狸顔は、とても社長秘書と総務課長を兼任しているやり手には見えない。 

超・殺人事件の三話目

車は中央高速道路に入った。

「それにしても、妙な指示を出すものだよなあ」朝月出版編集部の顎川が、アクセルを踏み込んで

ハンドルを片手で操作しながらいう。

「突然編集部にファックスを送りつけてきて、大至急家に来るように、だもんなあ。いや、家に呼びつけるのはいい。

問題なのは、必ず四人揃って、とはどういうことだ。その四人が同じ会社ならともかく

全然別の会社の編集部が四人なんだもんな」

「説教でもする気じゃないのかな」後部座席右側の坂東が、シートにもたれたままで、にやにやした。

彼は文福出版編集局に籍を置いている。

「おれの本が最近あまり売れないのはどういうわけだ、おまえたちの努力が足らないからじゃないのか、

何とかしろ―というふうにさ」
 

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