短編小説読んでみた

福岡の便利屋

2015年11月

殺し屋シュウのエピローグ

 甲府女子刑務所の扉が内側から開いた。
 おれが出所前に届けたスプリング・コートを着て、白髪の頭に赤い髪留めを付けて、阿沙子は春の陽をふんだんに浴びた。
 あと数日で四月になるというのに、甲府の桜はまだ蕾だった。

殺し屋シュウの七話目

 雪景色の小道沿いに柵が続き、無数の牙を見せている。
 張りめぐらされた五列の有刺鉄線が真冬の陽光を跳ね返し、おれの目を撃つ。
 緑の迷彩色のベストからペンチを取り出して切断、身をくぐらせた。
 GTホーキンスのトレッキング・シューズで残雪を踏みしめ、コンパスが教える通路へと森を進む。緑の布で覆ったスナイパー・ライフルを取り出すのは、もう少し人里を離れてからにしよう。
 敵地に侵入して、まずはメイク。冬枯れの森を見渡せば、針葉樹の緑色と残雪の白が半々の割合だ。携帯用の迷彩ペイントを露出している肌に塗る。鏡を見て、濃い緑、薄い緑、黒の三色で顔にまだら模様を描いた。

殺し屋シュウの六話目

 キスの雨を降らせた後、本人が薄いと気にしている胸に吸盤のように吸いついて、皮下出血の跡を付けてみる。
 愛の印だ。
「困るよ、シュウ……」
 美加が呻き声で言う。困らせてやたのだ。明日、美加を指名してやってきて、あわよくば携帯電話の番号を聞こうとする客に、「なあんだ、男がいるんじゃん」と失望させてやればいい。
 乳首を軽く噛み、面白いように尖ってくるそれを舌の先で押し戻してやる。美加の息がたちまち荒くなる。

殺し屋シュウの五話目

 金には不自由していない世捨て人たちが、シーズン・オフまで居座っている昔ながらの別荘地。奥蓼科。十月。
 一応この小旅行はデートだから、ロードスターを奮発した。助手席で抹茶味のポッキーをくわえている美加が、レンタカーのカーステレオであろうと自在に操っている。車のデートのたびに作ってくるMD。今日は朝からライ・クーダーだ。美加によると「男のテーマ曲のイチ押し」なんだそうだ。

殺し屋シュウの四話目

 この銃だけは許せない。
 ツールスキー・トカレバ1930/33。通称トカレフ。
 ボルシェビキ革命当時にアメリカから大量に輸入されたコルト・ガバメントを、ソ連の生産効率第一主義でコピーした拳銃だ。山に沈む夕陽に似た半円形のハンマーは、ハーフ・コックにすることによってトリガーにストッパーがかかり、安全装置の代わりになる。フレームからハンマーを組みこんだブロックは容易に取り外せるようになっている。使用弾は7.62ミリのモーゼル軍用拳銃だから貫通能力は高い。そこまでは認めよう。
 問題は命中精度だ。三十メートル離れた標的。八発全部撃っても一発も当たらない。ビールケースを積んだ台に十五センチおきに並べたハイネケンとバドワイザーの空き缶は、銃声はすれど、さっきから初夏の日差しをぬくぬく浴びてそこに突っ立ったままだ。

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