短編小説読んでみた

福岡の便利屋

2014年11月

短編集「出世の首」の中の五話。

蜜子が勤め先のバー「発見」の、黒いアクリル・ドアを押したのは、すでに七時を二十分ほど過ぎた頃だった。

「おそかったわね。ハニー」

すぐ傍のボックスにいた、この店に勤めはじめて二ヵ月の千秋がそういった。

彼女は、若手作家下地育太郎と、その連れの作家仲間らしい二人の男の相手をしていた。 

短編集「出世の首」の四話目。

左京区の南東のはずれにあるおれの家から、山科の小野小町の家までは、たいして時間がかからない。

だから、よく遊びに行く。

遊びに行けばたいてい彼女の家には、良峯宗貞、文屋康秀、安倍清行などといった歌人連中が集まっていて

酒を飲んだり馬鹿話をしたり、めちゃくちゃな和歌を作ったりして笑いころげている。 

同名短編集「出世の首」の第二話。

大河ドラマの出演者はえんえんと待たされる。

映画やテレビ・ドラマの役者とはそもそも待たされるものであるが

大河ドラマはさらにえんえんと待たされる。

端役であれば尚さらである。

近田と大山もまた、朝から一度も出番のないまま午後の四時まで待たされていた。 

短編集「出世の首」の三話目。

午後二時という時間にテレビを見ているのは女子供だけだから

どうせたいした番組はやらない。

しかし達三はテレビ評論家だから、どんなにつまらない番組でもひと通り見ておかなければならないのである。

それでも見ているうちにはつい夢中になって、批判力も失い、われを忘れていることがある。

知らぬまに足がしびれているのはそういう時である。 

短編集「出世の首」の第一話。

おれは、作家は馬鹿でなければと思っている。

おれがそういうと、若手編集者はかぶりを振ってこういった。

「そうではない。作家は、馬鹿というよりは、どちらかといえば気ちがいに近いのである」

若手同士だから意見はすぐ対立する。おれは反対した。

「違うのである。気ちがいはむしろ編集者であって、作家はあくまで馬鹿である」

「ということは、文壇は馬鹿と気ちがいの寄りあい世帯であるか」
 

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